またまた例によって例の上司の話からブログ。

うちの上司は本が好き。何から何まで、とにかく本を読んで知識を得る。最近は自己啓発系の本より、ノウハウなどの即効性の高いものがお好きなようで、あれやこれやといろんな話を振ってくる。
そんな中で、今どきの売れるECサイトとはなんぞというのを読んだようで、ただ物を売るECサイトはだめだ、これからは定期購入の時代だ、という話をしてた。
曰く、これまでの、ただ物を並べて売る時代は終わり、これからは定期購入が流行る!という論調のようなのである。
定期購入自体は、顧客の確保と、購入の手間を省くという観点では悪くないサービスだとは思う。事実、毎月何とかをお届けしますってカタログ通販もあるわけだし、ビジネスモデルとして突き詰める会社も多くあるだろう。

どちらかというと、昨日はあれだ、今日はそれ、明日はこれだ!みたいにメディアに振り回されて右往左往してる人ってどうなの、という話である。
情報がー情報がーと、口癖のようにいい続け、自己流の情報収集術を身につける。彼らにとって、そのようにして集めた情報は金鉱か何かに見えるのだろう。それが一番だと信じて、脇目も振らず、一心不乱に突き進み始める。
たいていの場合、やっぱダメだったね、で終わるのだが、そこに反省の色はなく、やれあれがダメだこれがダメだと他者の批判に終始する。そして、次の金鉱が見つかったら、またそこに突撃していく。小学生のサッカーのように、ひとつのボールにみんなが群がっていく様のようである。

そもそも何が間違ってるのか。
俺は、情報を集める、という考え方が間違ってると考える。情報はそもそも、集めるものではなくて”集まってくるもの”であり、それを取捨選別して整理しておくものである、と思うのである。
情報を集めるとき、アンテナを張り巡らせる、という例えをするが、まさに的を射た例えで、決してこちらから動かず、流れてきた情報を漏らさずキャッチする、という感じの意味と言えるのではないかと思う。
もちろん、アンテナを立てないと情報は集まらない。俺の場合は、毎日のRSSやネット巡回がそれにあたるが、テレビを見る、新聞を読む、人と話をする、様々な情報収集の手段がある中で、まずはいろんな情報をキャッチすることから始まる。ただ、ここで得た情報というのは決して精度の高い情報ではなく、あくまで砂つぶの欠片程度のものと捉えるべきだろう。
その砂粒をひとつひとつ振り分ける。といっても、全てを記録するのではなく、何と無く頭の片隅に入れておく程度でいいと思う。全部が全部、必要な情報とは限らない。むしろ、不要な情報のほうが圧倒的に多いだろう。 そんな中でも、興味のあるものなら、記憶を深める、ブックマークする、記録する、録画する、様々な方法で情報を形作る。それでも、それらの情報は断片でしかない。
いずれ、あなたは何かの問題に突き当たることになる。問題といっても、昨日醤油は買ったっけ、程度の悩みから始まり、人から質問されたとき、自分が困ったとき、いろいろな問題が現れる。情報は、そのとき初めて役に立つ。今まで集めた情報の断片をかき集め、問題解決につながる情報を探す、まとめる、加工する。醤油を買い忘れたかどうか知りたいなら、いつも醤油を置いてあるところに新品の醤油があるかを見る、昨日のスーパーのレシートを探す、醤油を買ったときのシチュエーションを思い出す、買い物袋が重たかったのは牛乳だけたったか、それ以外にもいろいろ買ったのではと思いを巡らす。そして、結局醤油はなかったという結論に至って、醤油を買ったはいいが実は使いかけが5本ありました、とそんなオチもつくことがあるだろう。

情報の使い方というのは、そんな補助的なものなのである。だから、あれがお得、これがすごい!といった、単体で完結する情報というのは怪しいと思うべきだし、事実役に立たない、もしくは役に立ったという気になっているだけだろう。いちいちステマステマと騒がなくても、アンテナの感度と情報のあり方を考えれば、いちいち気にすることもないのである。

だが、現実問題やれ騙された!使えない!などとごねる人がごまんといるわけで、そういった人たちは暗に自分は役に立たない情報に踊らされたと公言してると、俺は考えてしまう。
もちろん、騙す人間も悪いわけだか、老人や子供、精神的に追い詰められていると知ってあえてつけ込むといったやり口で判断力の鈍い人を不当に貶めるやり方ならともかく、絶対儲かるから!なんて話に食いついといて、それで騙された!というのはどうかと思うのである。

これを見てるあなたが、このブログの記事がきっかけで情報というもののあり方を見直すいい機会になればと思う。